世界の生魚料理と日本の刺身——セビーチェ、ハーリング、フェとの違いとは

世界の生魚料理と日本の刺身——セビーチェ、ハーリング、フェとの違いとは

「生魚を食べるのは日本だけ」——そんなイメージをお持ちではないでしょうか。

実は、世界には生魚を食べる文化を持つ国がいくつも存在します。ペルーのセビーチェ、オランダのハーリング、韓国のフェ、イタリアのカルパッチョ、北欧のグラブラックス。しかし、これらの料理と日本の刺身には決定的な違いがあります。

その違いとは何か。世界の生魚料理を比較しながら、刺身が持つ独自性を探ってみましょう。

世界の生魚料理と日本の刺身——セビーチェ、ハーリング、フェとの違いとはのサマリー

生魚を食べるのは日本だけ?——よくある誤解

「日本人は生魚を食べる珍しい民族」という認識は、世界的に広まっています。

確かに、刺身のような形で日常的に生魚を食べる文化は日本で特に発達しました。しかし、生魚を食べること自体は、決して日本だけの習慣ではありません。

むしろ、沿岸部や島嶼部に住む人々にとって、新鮮な魚を生で食べることは自然な選択でした。ただし、その食べ方には大きな違いがあります。

それぞれの地域で発展した生魚料理を見ていきましょう。


世界の生魚料理を比較する

ペルー:セビーチェ——柑橘類で「締める」技法

セビーチェは、ペルーを代表する国民的料理です。

新鮮な白身魚やタコ、エビなどの魚介類を細かく切り、ライムやレモンの果汁に漬け込みます。この果汁は「レチェ・デ・ティグレ(虎のミルク)」と呼ばれ、セビーチェの味の要となっています。紫玉ねぎ、唐辛子、コリアンダーなどを加え、酸味と辛味のハーモニーを楽しむ料理です。

興味深いのは、セビーチェは厳密には「生」ではないという点です。

柑橘類に含まれるクエン酸がタンパク質を変性させ、加熱したときと似た化学変化を起こします。魚の身が白く不透明になるのは、この変性によるものです。つまり、セビーチェは「酸で調理した」料理なのです。

オランダ:ハーリング——塩漬けニシンの伝統

オランダでは、毎年6月になると「ホランダ・ニューウェ」と呼ばれる新物のニシンが解禁されます。

ハーリングは、内臓を取り除いたニシンを塩漬けにしたものです。軽く塩抜きした後、刻んだ玉ねぎと一緒に食べるのが伝統的なスタイルです。街角の屋台でニシンの尾を持ち、上を向いて豪快にかぶりつく姿は、オランダの風物詩となっています。

この調理法の歴史は古く、14世紀末にオランダの漁師によって開発されたとされています。ハーリングは塩漬けという加工が施されており、生魚をそのまま食べるわけではありません。塩には殺菌効果があり、保存性を高める役割も果たしています。

韓国:フェ——日本の刺身に最も近い存在

フェ(회)は、韓国の刺身です。漢字で書くと「膾(なます)」となります。

日本の刺身と同様に、新鮮な魚を薄く切って生で食べます。使われる魚はヒラメ、タイ、スズキなど、日本と重なる魚種が多く見られます。

しかし、食べ方には大きな違いがあります。

韓国では、フェを酢コチュジャン(チョコチュジャン)やゴマ油、サムジャン(味噌ベースのタレ)につけて食べるのが一般的です。また、エゴマの葉やサンチュに包んで、ニンニクや青唐辛子と一緒に食べるスタイルも人気です。

魚そのものの味よりも、調味料や野菜との組み合わせを楽しむ食べ方といえるでしょう。

イタリア:カルパッチョ——薄切り生肉から魚へ

カルパッチョは、もともと生の牛肉を薄切りにした料理でした。

1950年代、ヴェネツィアのハリーズ・バーで考案されたこの料理は、赤い色合いが画家ヴィットーレ・カルパッチョの作品を思わせたことから命名されました。その後、マグロやサーモンなど魚介類にも応用されるようになりました。

カルパッチョの特徴は、オリーブオイル、レモン汁、塩、胡椒といった調味料をかけて食べる点です。ケッパーやルッコラ、パルミジャーノ・レッジャーノなどをトッピングすることもあります。

興味深いことに、魚のカルパッチョは日本の影響を受けているという説があります。1980年代、日本におけるイタリア料理の第一人者である落合務氏が、生肉をあまり食べない日本人向けに刺身を使ったカルパッチョを考案しました。その後、世界的な寿司・刺身ブームとともに、魚のカルパッチョは本場イタリアにも逆輸入されたのです。

北欧:グラブラックス——漬け込みサーモンの伝統

グラブラックス(gravlax)は、スウェーデンやノルウェーなど北欧で食べられるサーモン料理です。

サーモンの切り身を塩、砂糖、ディル(ハーブ)で数日間漬け込み、薄くスライスして食べます。名前の由来は「墓(grav)」と「鮭(lax)」で、かつては発酵させるために地中に埋めていたことに由来します。現在では地中には埋めず、冷蔵庫で熟成させる方法が主流です。

グラブラックスもまた、塩と砂糖による浸透圧で水分を抜き、実質的に「キュアリング(塩蔵加工)」を施した料理です。マスタードソースを添えて食べるのが定番のスタイルで、北欧ではクリスマス料理としても欠かせない一品となっています。


日本の刺身の独自性とは

ここまで世界の生魚料理を見てきました。

セビーチェは酸で締め、ハーリングは塩漬けに、グラブラックスは塩と砂糖で漬け込み、カルパッチョはオイルとレモンで味付けをし、フェは濃厚なタレで食べる。

つまり、世界の生魚料理のほとんどは、**何かを「足す」**ことで成り立っています。

「引き算の美学」——日本の刺身のアプローチ

一方、日本の刺身はどうでしょうか。

刺身の基本は、新鮮な魚を切り、醤油とわさびだけで食べるというシンプルなスタイルです。魚に対して何かを「足す」のではなく、魚本来の味を最大限に引き出すことに重点が置かれています。

これは「引き算の美学」と呼ぶことができるかもしれません。

包丁技術という「引き算」

刺身における「引き算」は、調味料だけではありません。

刺身包丁で「引く」ように切る技法は、魚の繊維を潰さず、細胞をできるだけ傷つけないための技術です。これにより、魚の旨味成分が流出せず、本来の味が保たれます。

切り方一つにも、「余計なことをしない」という哲学が貫かれているのです。

鮮度へのこだわり

日本の刺身文化が「引き算」を可能にした背景には、鮮度への徹底したこだわりがあります。

活け締め、氷蔵、流通の高速化など、魚を新鮮なまま食卓に届けるための技術が発達しました。鮮度が高いからこそ、余計な加工を施さずに食べることができるのです。

日本で刺身文化が発展した理由には、地理的条件や宗教的背景も関係していますが、この「鮮度へのこだわり」が根底にあるといえるでしょう。


まとめ

世界には、日本以外にも生魚を食べる文化があります。それぞれの地域で独自の調理法や食べ方が発展してきました。

  • セビーチェ(ペルー):柑橘類の酸で「締める」
  • ハーリング(オランダ):塩漬けにしたニシン
  • フェ(韓国):濃厚なタレや野菜と一緒に
  • カルパッチョ(イタリア):オリーブオイルとレモンで味付け
  • グラブラックス(北欧):塩・砂糖・ディルで漬け込み

これらの料理は、酸や塩や油で「足し算」をすることで生魚を美味しく食べています。

一方、日本の刺身は「引き算」のアプローチです。魚に余計な手を加えず、素材の味を最大限に引き出すことに重点を置いています。

次に刺身を食べるとき、世界の生魚料理との違いを思い出してみてください。何も足さない、そのシンプルさこそが、日本の刺身が世界で愛される理由なのかもしれません。


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参考文献・出典

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ちんちら

刺身をこよなく愛するブロガー

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