
刺身にわさびをつける理由——殺菌だけじゃない、科学と歴史の物語
刺身を食べるとき、当たり前のようにわさびをつけますが、なぜわさびなのでしょうか。からしや生姜ではなく、わさびが選ばれた理由には、科学的根拠と歴史的背景がありました。
アリルイソチオシアネートによる殺菌効果、生臭さの除去、そして江戸時代の寿司ブームまで、わさびと刺身の深い関係を解き明かします。
わさびの科学——殺菌と消臭のWパワー
刺身にわさびをつける最大の理由は、殺菌効果と消臭効果です。
アリルイソチオシアネートとは
わさびの辛味成分は、**アリルイソチオシアネート(Allyl Isothiocyanate)**という揮発性の化合物です。
わさびをすりおろすと、細胞が壊れて中のシニグリン(配糖体)という成分が酵素ミロシナーゼと反応し、アリルイソチオシアネートが生成されます。この成分が、わさびの特有のツーンとした辛さと香りの正体です。
殺菌効果
アリルイソチオシアネートには、大腸菌やカビの繁殖を抑える抗菌作用、そしてアニサキスなどの寄生虫に対する殺菌効果があります。
江戸時代後期、冷蔵技術が未発達だった時代に、わさびは生魚の食中毒リスクを減らす薬味として重宝されました。
消臭効果
わさびには、魚の生臭さの原因となるトリメチルアミンを分解する効果があることが証明されています。
これにより、刺身の生臭さを抑え、魚本来の旨味を引き立てる役割を果たします。
わさびの歴史——江戸時代の寿司ブームとともに
わさびが刺身や寿司の薬味として定着したのは、江戸時代のことです。
わさび栽培の始まり
わさびが栽培されるようになったのは、慶長年間(1596-1615年)、静岡県の安倍川上流の有東木(うとうぎ)で始まったと言い伝えられています。
当時、駿府城で大御所政治を執っていた徳川家康にわさびが献上され、その味が絶賛されました。さらに、わさびの葉が徳川家の家紋「葵」に似ていることから、江戸幕府の庇護を受けることになりました。
握り寿司とわさびの普及
わさびが現在のように寿司の薬味として使われ始めたのは、**文化・文政年間(1804-1830年)**の頃です。
この時期、江戸の町で握り寿司が考案され、わさびを付けた握り寿司がブームを巻き起こしました。これにより、わさびは庶民の間に広まり、刺身や寿司の定番薬味となったのです。
本わさびとチューブわさび、何が違う?
スーパーで売られているチューブわさびと、高級寿司店で使われる本わさびには、どのような違いがあるのでしょうか。
本わさび
本わさびとは、日本原産のわさび(学名:Wasabia japonica)を使用したわさびです。ピリッとした繊細な辛味とさわやかな甘い香りが特徴です。
チューブわさびの表示を見ると、「本わさび使用」は本わさびの使用量が50%以上、「本わさび入り」は50%未満の商品です。表示がないものには本わさびは使用されていません。
西洋わさび(ホースラディッシュ)
チューブわさびの多くには、**西洋わさび(ホースラディッシュ)**が使われています。
西洋わさびは東ヨーロッパ原産のアブラナ科の植物で、白い見た目と本わさびの約1.5倍という強烈な辛味が特徴です。価格が安いため、チューブわさびの主原料として使われています。
使い分けのポイント
どちらを選ぶかは、用途と好みによります。
- 本わさび: 繊細な風味を楽しみたい高級な刺身や寿司に
- チューブわさび: 日常使いや、辛味を強く効かせたい料理に
本わさびは香りが繊細で、魚本来の味を引き立てます。一方、チューブわさびは手軽で保存がきくため、日常使いに便利です。
まとめ
刺身にわさびをつけるのは、単なる習慣ではなく、科学的根拠と歴史的背景がありました。以下のポイントを押さえておくと、わさびの役割がより深く理解できます。
- 殺菌効果: アリルイソチオシアネートが大腸菌やアニサキスを抑制
- 消臭効果: トリメチルアミンを分解し、生臭さを除去
- 歴史: 江戸時代の文化・文政年間に握り寿司とともに普及
- 本わさびvs西洋わさび: 本わさびは繊細な辛味、西洋わさびは強い辛味
次に刺身を食べるとき、わさびの小さな一塊に込められた科学と歴史を思い出してみてください。いつもの刺身が、少し違って見えるかもしれません。
参考文献・出典
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