
なぜマグロは赤くてヒラメは白いのか——刺身の色の科学
刺身盛り合わせを前にすると、その色の違いに気づきます。マグロの鮮やかな赤、ヒラメの透き通るような白、サーモンのオレンジ。同じ魚の身なのに、なぜこれほど色が違うのでしょうか。
実は、この色の違いには魚の「生き方」が深く関わっています。
色を決める主役「ミオグロビン」とは
刺身の色を決めている主な物質は「ミオグロビン」というタンパク質です。
ミオグロビンは筋肉の中で酸素を貯蔵・運搬する役割を持っています。このタンパク質は鉄を含んでおり、酸素と結びつくと鮮やかな赤色を呈します。肉や魚が赤く見えるのは、このミオグロビンのおかげです。
血液中で酸素を運ぶ「ヘモグロビン」とは親戚のような関係にあります。どちらも鉄を含む赤い色素タンパク質ですが、役割が異なります。ヘモグロビンが血管を通じて全身に酸素を届けるのに対し、ミオグロビンは筋肉内でその酸素を受け取って貯蔵する「中継役」を担っています。
なぜマグロにはミオグロビンが多いのか
マグロやカツオは「回遊魚」と呼ばれ、外洋を長距離にわたって泳ぎ続ける魚です。
クロマグロは時速 80km で泳ぐことができ、太平洋を横断するほどの距離を移動します。沖縄や台湾近海で生まれた個体が、黒潮に乗って北上し、アラスカやアメリカ西海岸を回ってメキシコへ至り、再び日本近海に戻ってくる——そんな壮大な旅を続けています。
このような持久的な運動を続けるには、筋肉に大量の酸素を供給し続ける必要があります。そのため、回遊魚の筋肉にはミオグロビンがたっぷりと蓄えられているのです。
100g あたりのミオグロビン含有量を比較すると、その差は歴然です。
| 魚種 | ミオグロビン含有量(mg/100g) | 生態 |
|---|---|---|
| クロマグロ | 500〜600 | 外洋回遊型 |
| カツオ | 約 150 | 外洋回遊型 |
| タイ | 約 6 | 岩礁域定着型 |
マグロはタイの約 100 倍ものミオグロビンを含んでいます。
水産学では、普通肉 100g あたり色素タンパク質が 10mg 以上含まれている魚を「赤身魚」と分類しています。この基準は、ヘモグロビン溶液を様々な濃度で作ったとき、肉眼で赤く見え始めるのが 10mg/100ml であったことに由来しています。
ヒラメが白い理由——待ち伏せ型の生態
一方、ヒラメやカレイは海底の砂に身を潜め、獲物が近づくのを待ち伏せする魚です。
普段はじっとしていて、獲物を捕らえるときだけ瞬発的に動きます。このような生活では、長時間にわたって酸素を供給し続ける必要がありません。
瞬発的な動きには「速筋(白筋)」と呼ばれる筋肉が使われます。速筋は糖をエネルギー源として無酸素で動くため、ミオグロビンをほとんど含みません。そのため白っぽい色をしています。ヒラメの身が白いのは、この速筋が発達しているからです。
タイも同様です。岩礁域に棲み、普段はゆったりと泳いでいますが、餌を見つけたときや敵から逃げるときには素早く動きます。持久力より瞬発力を重視した筋肉構成のため、身は白くなります。
サーモンが赤いのは別の理由
ここで「サーモンも赤いのでは?」と思った方もいるでしょう。
実は、サーモンの赤色はミオグロビンによるものではありません。「アスタキサンチン」というカロテノイド系の色素が原因です。サーモンは分類上、白身魚に属します。
サーモンは甲殻類(エビ、カニ、オキアミなど)を餌として食べています。甲殻類の殻に含まれるアスタキサンチンが、サーモンの筋肉に蓄積することで、あのオレンジがかった赤色になるのです。
養殖サーモンの場合、餌にアスタキサンチンを添加することで身の色を調整しています。アスタキサンチンを与えないと、養殖サーモンの身は白っぽくなります。
ちなみに、アスタキサンチンには強い抗酸化作用があります。ビタミン C の約 6,000 倍、ビタミン E の約 1,000 倍とも言われ、健康食品の成分としても注目されています。サーモンがこの色素を蓄積するのは、産卵のために川を遡上する際の激しい運動で発生する活性酸素から身を守るためと考えられています。
赤身と白身、栄養の違いは?
赤身魚と白身魚では、栄養成分にも違いがあります。
赤身魚の特徴:
赤身魚はミオグロビン由来の鉄分が豊富です。特にマグロやカツオの血合い部分には、貧血予防に効果的なヘム鉄が多く含まれています。また、DHA・EPA などの不飽和脂肪酸も多い傾向にあり、血液をサラサラにする効果が期待できます。
白身魚の特徴:
白身魚は脂質が少なく、あっさりした味わいが特徴です。消化が良く胃に優しいため、体調を崩したときや高齢者の食事にも適しています。また、皮の部分にはコラーゲンが豊富に含まれています。
どちらが「良い」というわけではなく、それぞれに異なる栄養価と味わいがあります。バランスよく食べることで、魚の持つ様々な栄養素を摂取できます。
まとめ
マグロが赤くてヒラメが白い理由、それは魚の「生き方」の違いでした。
- 回遊魚(マグロ・カツオ):長距離を泳ぎ続けるため、酸素を貯蔵するミオグロビンを大量に必要とする → 身が赤い
- 定着型の魚(ヒラメ・タイ):瞬発力重視の速筋が発達し、ミオグロビンが少ない → 身が白い
- サーモン:白身魚だが、餌由来のアスタキサンチンで赤く見える
ちなみに、赤身魚と白身魚では刺身の切り方も異なります。身が柔らかい赤身魚は厚切りに、身が硬い白身魚は薄造りにすることで、それぞれの美味しさを最大限に引き出せます。詳しくは「刺身の厚さで味が変わる——薄造りと厚切りの科学」で解説しています。
次に刺身を食べるとき、その色から魚の泳ぎ方を想像してみてください。大海原を時速 80km で疾走するマグロ、砂底でじっと獲物を待つヒラメ——刺身の色は、魚たちの生きざまを映しているのです。
ちなみに、マグロの赤身の発色は産地によっても微妙に異なります。回遊ルートや水温の違いが、ミオグロビン含有量に影響するためです。詳しくは「マグロの産地で味が変わる理由——青森・静岡・和歌山・長崎マグロの科学」で解説しています。
参考文献・出典
- お魚たんぱく健康研究会「赤身魚と白身魚」
- アリナミン「なぜ、マグロは疲れないのか?」
- オカムラ食品工業「養殖サーモンの色と味」
- ナショナルジオグラフィック「海の弾丸、マグロが高速で泳げる秘密とは」
- 日本水産学会編『白身の魚と赤身の魚-肉の特性』恒星社厚生閣(1976)
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