
刺身は何度で食べるのがベスト?——温度と味覚の科学
冷蔵庫から出したばかりの刺身と、少し時間を置いた刺身では、味が違うと感じたことはありませんか?
実は、刺身には「美味しく感じる温度帯」があります。温度と味覚の関係から、寿司職人が実践する温度管理の技術まで、科学的に解き明かします。
冷たすぎると味を感じにくい——温度と味覚の関係
味覚は温度の影響を強く受けます。
特に甘味は、体温に近い温度(35〜37℃)で最も強く感じられます。甘味受容体(T1R2/T1R3)は温度によって活性が変化し、低温では受容体の働きが鈍くなるためです。
冷たいアイスクリームが溶けると非常に甘く感じるのは、この原理によるものです。冷たい飲料には多めの糖分が添加されているのも同じ理由です。
刺身も例外ではありません。冷蔵庫から出したて(5℃前後)の刺身は、甘味や旨味を十分に感じられない可能性があります。
魚の脂は常温で溶ける——なぜ少し温めると美味しいのか
魚の脂の融点は、陸上動物よりもはるかに低いことをご存知でしょうか。
魚は変温動物で、冷たい海水の中で生きています。体温が水温に依存するため、脂も低温で液体でなければなりません。魚の脂に含まれるDHAやEPAは不飽和脂肪酸で、常温で液体の状態を保ちます。
各動物の脂の融点を比較すると、その違いは明らかです。牛脂は40〜50℃、豚脂は33〜46℃、鶏脂は30〜32℃ですが、魚の脂は基本的に30℃以下で液体です。
つまり、冷蔵温度(5℃前後)では魚の脂も固まりがちで、脂の「とろけるような旨味」を十分に感じられません。少し温度を上げることで、脂が舌の上で溶け、まろやかな旨味が広がるのです。
ちなみに、冷凍マグロを解凍する際も、温度管理が味を左右する重要なポイントです。
寿司職人が実践する温度管理——ネタごとに異なる最適温度
一流の寿司店では、ネタごとに温度を細かく管理しています。
「鮨なんば 日比谷」の難波英史氏によると、ネタの種類によって最適温度は15〜40℃の間で変わります。
トロはネタ24℃、シャリ40℃で提供されます。冷たいネタと温かいシャリの温度差によって、脂が米によく絡み、酢飯の酸味がトロの濃厚さを引き立てます。
車海老はネタ38℃、シャリ38℃の人肌温度が最適です。冷たいと香りや甘味が弱くなってしまうため、温めることで海老本来のポテンシャルを引き出します。
一方、北寄貝はネタ17℃、シャリ36℃と、ネタは冷たく保ちます。常温だと貝独特の嫌な風味が出てしまうためです。
シャリは基本的に人肌(35〜36℃)を維持します。スシローでも「人肌温度のシャリで食べた時と、冷たいシャリで食べた時では、うまさが格段に違う」とされています。
貝類は冷たい方が美味しい——例外を知る
すべてのネタが温かい方が美味しいわけではありません。
貝類は温度が高いと独特の臭みを感じやすくなります。そのため、貝類は冷たくして握るとおいしくなります。ウニも温かいと形が崩れやすいため、冷たい状態で提供されます。
魚種や部位によって「最適温度」は異なるのです。これは、刺身の厚さと同様に、素材の特性に合わせた調整が美味しさを引き出すということです。
家庭でできる温度管理のコツ
家庭で刺身を美味しく食べるには、いくつかのポイントがあります。
まず、食べる15〜20分前に冷蔵庫から出しておくことです。冷たすぎる刺身は旨味を感じにくいため、少し常温に戻すと味わいが増します。ただし、常温での放置は2時間を超えないよう注意してください。
また、脂の多いマグロやサーモンは少し温度を上げた方が美味しく、白身魚や貝類は冷たいままの方が良いという傾向があります。
人間が温度の違いを感じられるのは3℃以上の差と言われています。微調整にこだわりすぎる必要はありませんが、「冷蔵庫から出したて」と「少し戻した状態」の違いは十分に感じられるはずです。
まとめ
刺身の温度は、味覚に大きな影響を与えます。
甘味や旨味は体温に近い温度で感じやすく、魚の脂は常温で溶けてまろやかになります。寿司職人はネタごとに15〜40℃の間で温度を調整し、それぞれの素材の魅力を最大限に引き出しています。シャリは人肌(35〜36℃)が基本ですが、貝類は冷たい方が美味しいという例外もあります。
次に刺身を食べるとき、少し冷蔵庫から出してから口に運んでみてください。同じ刺身でも、温度が変わるだけで味わいが変わることに気づくはずです。
参考文献・出典
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