海水魚と淡水魚、生で食べられる境界線はどこか

海水魚と淡水魚、生で食べられる境界線はどこか

刺身といえば、マグロ、タイ、ブリ、サーモン——私たちが刺身で食べる魚のほとんどは海水魚です。

一方、川や湖に棲む淡水魚を刺身で食べることは、ほとんどありません。居酒屋のメニューにアユの刺身やコイの刺身が並ぶことは稀です。

なぜ淡水魚は生で食べないのでしょうか。その理由は、海水魚とは異なる寄生虫リスクにあります。


なぜ淡水魚は生食が危険なのか

淡水魚を生で食べることが避けられる最大の理由は、寄生虫感染のリスクが非常に高いからです。

淡水は海水と比べて塩分濃度が低く、寄生虫が生息しやすい環境です。淡水に棲む虫や貝には寄生虫がいることが多く、それらをエサとして食べる淡水魚の体内に寄生虫が蓄積されていきます。

海水魚にもアニサキスという寄生虫がいますが、アニサキスは目視で確認でき、除去が比較的容易です。一方、淡水魚に寄生する虫は見つけにくく、感染した場合の症状も深刻です。


淡水魚に潜む3つの寄生虫

淡水魚を宿主とする代表的な寄生虫は、顎口虫(がっこうちゅう)肝吸虫(かんきゅうちゅう)、**横川吸虫(よこがわきゅうちゅう)**の3種類です。

顎口虫——体内を移動する恐ろしい寄生虫

顎口虫は、淡水魚の寄生虫の中で最も恐れられています。

ライギョ、ドジョウ、ナマズ、シラウオなどに寄生し、生食によって人体に入ると、胃の壁を食い破って体内を自由に移動します。多くの場合は皮膚のかゆみや腫れ程度で済みますが、目に入り込んで失明したり、脳に達して脳障害を引き起こした事例も報告されています。

2022年には青森県でシラウオの生食による顎口虫症が約300例報告されました。顎口虫には確実な治療法がなく、予防が最優先とされています。

肝吸虫——肝臓に寄生する吸虫

肝吸虫は、コイ、フナ、ウグイ、オイカワなどコイ科の魚に多く見られます。

人体に入ると肝臓や胆管に寄生し、少数であれば無症状ですが、多数寄生すると下痢、倦怠感、食欲不振などを引き起こします。長期間の感染は肝硬変胆管がんのリスクを高めるとされています。

東アジアでは肝吸虫による肝臓疾患が深刻な問題となっており、淡水魚の生食文化がある地域で特に注意が必要です。

横川吸虫——アユに多い小腸の寄生虫

横川吸虫は、アユ、ウグイ、シラウオなど清流に棲む魚に寄生します。

小腸に寄生し、少数では無症状ですが、多数寄生すると腹痛、下痢、消化吸収障害などの症状が現れます。顎口虫ほど深刻ではありませんが、軽視できる寄生虫ではありません。


海水魚のアニサキスとの違い

海水魚にも寄生虫はいます。代表的なのがアニサキスです。

しかし、アニサキスと淡水魚の寄生虫には大きな違いがあります。

アニサキス(海水魚)顎口虫・肝吸虫(淡水魚)
大きさ2〜3cm、目視可能微小、目視困難
症状激しい腹痛(数日で死滅)体内を移動、長期感染
除去目視で除去可能困難
冷凍効果-20°C 24時間で死滅-20°C 3〜5日で死滅

アニサキスは人体内で成虫になれず、数日で死滅します。激しい痛みはありますが、命に関わることは稀です。一方、顎口虫は体内を移動し続け、重篤な障害を引き起こす可能性があります。

この違いが、「海水魚は刺身で食べるが、淡水魚は食べない」という食文化の境界線を作っているのです。


例外——淡水魚を生で食べる日本の郷土料理

危険があるにもかかわらず、日本には淡水魚を生で食べる伝統的な郷土料理がいくつかあります。

鯉の洗い

鯉を薄く切り、氷水にさらして身を引き締めた料理です。長野県佐久市の「佐久鯉」や山形県米沢市の「米沢鯉」が有名です。

氷水にさらすことで淡水魚特有の臭みが消え、身がキュッと締まって歯ごたえが生まれます。酢味噌で食べるのが一般的です。

現在流通している食用鯉の多くは養殖で、清浄な水で育てられているため寄生虫リスクは低くなっています。

鮎のせごし

鮎を骨ごと薄く切り、辛子味噌で食べる料理です。「せごし」とは「背越し」と書き、背骨ごと輪切りにすることを指します。

鮎は清流に棲む魚ですが、横川吸虫の宿主となることがあります。信頼できる料亭や旅館では、養殖鮎や厳選された天然鮎を使用し、リスクを最小限に抑えています。

ルイベ

北海道のアイヌ民族に伝わる料理で、サケやマスを凍らせたまま薄く切って食べます。「ルイベ」とはアイヌ語で「溶けた食べ物」を意味します。

冷凍することで寄生虫が死滅するため、安全に生食を楽しめる知恵です。冷凍技術による寄生虫対策の先駆けともいえる伝統料理です。


安全に刺身を楽しむために

淡水魚の生食リスクを理解した上で、安全に刺身を楽しむポイントをまとめます。

  1. 基本は海水魚を選ぶ:刺身は海水魚が安全
  2. 養殖魚を選ぶ:養殖サーモン、養殖タイなどは寄生虫リスクが低い
  3. 冷凍処理を確認する:「解凍」表示のある刺身は冷凍処理済み
  4. 淡水魚は信頼できる店で:鯉の洗いや鮎のせごしは専門店で
  5. 自分で釣った魚は加熱か冷凍:川魚は必ず加熱または-20°Cで3〜5日冷凍

日本の刺身文化が海水魚を中心に発展したのは、こうした寄生虫リスクの違いが背景にあります。先人たちは経験から「食べてよい魚」と「食べてはいけない魚」を見分け、その知恵が今日まで受け継がれているのです。


まとめ

海水魚と淡水魚の生食リスクの違いは、寄生虫の種類と危険性の違いにあります。

  • 淡水魚:顎口虫、肝吸虫、横川吸虫のリスク。体内移動や長期感染の危険
  • 海水魚:アニサキスのリスク。目視除去可能、数日で死滅

淡水魚の生食は原則として避けるべきですが、鯉の洗いや鮎のせごし、ルイベなど、長い歴史の中で安全に食べる工夫が生まれてきました。

刺身を楽しむとき、なぜ海水魚が選ばれてきたのか——その背景にある科学と先人の知恵に思いを馳せてみてください。


参考文献・出典

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この記事を書いた人

ちんちら

刺身をこよなく愛するブロガー

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