刺身の「鮮度」とは何か——K値で読み解く新鮮さの正体
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刺身の「鮮度」とは何か——K値で読み解く新鮮さの正体

「新鮮な刺身」と聞いて、どんな状態を思い浮かべますか?

「釣りたて」「ピチピチしている」「目が澄んでいる」——感覚的なイメージはあっても、科学的に「鮮度」を説明できる人は少ないのではないでしょうか。

実は、魚の鮮度を数値化する指標があります。それが「K値」です。


鮮度を数値化する「K値」とは

K値は、1959年に日本の水産学者・斎藤恒行博士らによって提唱された鮮度指標です。魚の鮮度を、ATPの分解がどこまで進んだかで数値化します。

魚が死ぬと、筋肉内のATP(アデノシン三リン酸)は以下の順序で分解されていきます。

ATP → ADP → AMP → IMP(イノシン酸)→ HxR(イノシン)→ Hx(ヒポキサンチン)

K値は、この分解物のうち「イノシン(HxR)」と「ヒポキサンチン(Hx)」が占める割合を示します。

K値 = (HxR + Hx) / (ATP + ADP + AMP + IMP + HxR + Hx) × 100

K値が低いほど分解が進んでいない、つまり「鮮度が高い」ことを意味します。

2022年には農林水産省がK値の試験方法をJAS規格として制定しました。これにより、魚の鮮度を客観的に「見える化」することが可能になり、日本産水産物の品質を科学的に証明できるようになっています。


K値の基準——刺身で食べられるのは何%まで?

K値には、食べ方に応じた基準があります。

K値状態食べ方
20%以下鮮度良好刺身・寿司
20〜40%やや鮮度低下加熱調理
40〜60%鮮度低下早めに加熱調理
60%以上腐敗開始食用不適

刺身として食べるなら、K値20%以下が目安です。即殺した魚は10%以下、高級マグロの刺身用は20%前後とされています。

ただし、これはあくまで「鮮度」の指標であり、「美味しさ」を直接示すものではありません。この点は後ほど詳しく説明します。


魚種によるK値上昇速度の違い

興味深いのは、魚の種類によってK値の上昇速度が大きく異なることです。昔から「腐ってもタイ」という言葉がありますが、これは科学的にも裏付けられています。

K値上昇が速い魚(鮮度落ちが早い)

タラは氷蔵でも3日でK値が60%を超え、腐敗が始まります。サバやイワシも「足が早い」魚として知られ、漁獲後すぐに処理しなければ刺身では食べられません。

K値上昇が遅い魚(鮮度が長持ち)

一方、マダイは氷蔵4日経ってもK値が5%前後にとどまります。ヒラメやマグロも同様にK値の上昇が緩やかで、数日置いても刺身で食べられることが多いのです。

「サバの生き腐れ」という言葉があるように、サバは獲れたてでも鮮度低下が速いため、刺身で食べられる期間が限られます。逆に「腐ってもタイ」は、タイの鮮度保持力の高さを表現した言葉だったのです。


鮮度と熟成——「新鮮=美味しい」とは限らない

ここで重要なポイントがあります。

K値が低い(鮮度が高い)からといって、必ずしも「美味しい」とは限りません。

魚の旨味の主役は「イノシン酸(IMP)」です。ATP分解の過程を見ると、イノシン酸はATPが分解されることで生まれます。つまり、死んで間もない魚よりも、少し時間が経った魚の方がイノシン酸が多いのです。

イノシン酸は死後12時間〜1日でピークを迎えます。

これが「熟成魚」の科学的根拠です。鮮度を落とさない範囲で適度に時間を置くことで、旨味を最大化できます。

鮮度と旨味の関係

死後すぐ(K値5%以下)の魚は、鮮度こそ最高ですがイノシン酸が少なく旨味は弱い状態です。死後半日〜1日(K値10〜15%)になるとイノシン酸がピークに達し、旨味が最も強くなります。しかし死後2日以降(K値20%超)になると、イノシン酸がさらに分解されて苦味成分に変わり始めます。

プロの寿司職人が「今日仕入れた魚を明日使う」のは、この旨味のピークを狙っているからです。

また、活け締めによってATPの消費を防ぐことで、より多くのイノシン酸を生み出す「余力」を残すことができます。締め方と熟成は、切っても切れない関係にあるのです。


家庭でK値は測れるか?

残念ながら、K値を測定するには専門の機器が必要です。家庭で数値を知ることはできません。

しかし、K値の知識があれば、以下のポイントで鮮度を推測できます。

鮮度を見分けるポイント

目の澄み具合は鮮度の良い指標になります。澄んでいれば鮮度良好、白濁していれば鮮度低下のサインです。

身の弾力も重要です。指で軽く押して、すぐに戻るなら鮮度良好。凹んだままなら鮮度が落ちています。

パックに溜まったドリップ(液体)の量も参考になります。液体が多く出ていたら、細胞が壊れて鮮度が低下している証拠です。

匂いは最もわかりやすい指標です。生臭さが強いほど鮮度が低下しています。新鮮な魚は「磯の香り」がする程度で、不快な臭いはしません。

これらの変化は、K値の上昇に伴う魚体の変化と相関しています。


まとめ

「鮮度」とは、ATP分解の進行度合いを示す科学的な指標「K値」で数値化できます。

K値20%以下が刺身で食べられる目安であり、魚種によってK値の上昇速度は大きく異なります。タイやヒラメは鮮度が長持ちし、サバやタラは足が早い。また、新鮮=美味しいとは限らず、イノシン酸のピークは死後半日〜1日後に訪れます。家庭では目・弾力・ドリップ・匂いで鮮度を推測できます。

「新鮮だから美味しい」という常識を一歩進めて、「なぜ新鮮だと美味しいのか」「本当に新鮮なほど美味しいのか」を考える。K値という科学的視点を持つことで、刺身の味わい方がまた一つ深まるはずです。


参考文献・出典

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ちんちら

刺身をこよなく愛するブロガー

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